岩川恒男(27期 1975年卒業) 薬学博士 子供は独立し、妻には先立たれ、現在滋賀県で一人暮らしである。 思い起こせば大学院(薬学部薬学研究科)卒業後、希望した製薬会社の岩手工場でやりがいを持って勤務していた。ところが突然の転勤辞令、しかも関西の研究所、おまけに仕事内容は不得手な有機合成で、相当なショックだった。想定外の人生の幕開けである。 転勤先の仕事に馴染めず、上司に頭ごなしに叱責される毎日で酷く辛かった。仕事に見切りをつけ、家業の薬店を継ごうと父に相談した。 薬剤師資格を持つ私が家業を継ぐのは、母が亡くなり、一人で商売していた父にとって渡りに舟と思いきや、「石の上にも3年。3年頑張ってだめなら鷹巣に帰って来い。」とあっさり断られた。 あてが外れたが気を取り直し、課された抗菌剤開発の戦略を練った。先行研究が少なく研究の余地が残されている環状付加反応に着眼し、詳細な検討により新合成法や活性物質を見出せると考え提案した。企業の求めるスピード感あるアプローチとは真逆であり直属の上司に大反対されたが、研究所長に直訴し許しを得た。 それから3年、幸運にも開発候補化合物を創出できた。その後はまさにとんとん拍子で7~8報論文投稿した時点で学位の話があり、母校の東北大で学位審査を受け合格した。まさか苦手分野で博士号(薬学)を取得するとは夢にも思わなかった。 退職後ゆっくりしていたが、医療に貢献したい気持ちが高まり二度目の大学院(医学部医学研究科)受験を決意。社会人枠ではなく、敢えて一般枠で現役大学生に交じって受験した。幸いにも合格し、社会健康医学修士の学位を取得した。これこそ全くの想定外である。 卒業後は、研究生として研究を継続する傍ら、趣味のピアノ、テニス、英語を楽しみ、思いの外充実した毎日である。 末筆ながら関西大館鳳鳴会を立ち上げ、発展させて下さった諸先輩方にお礼申し上げたい。
0 Comments
Leave a Reply. |
Author大館鳳鳴同窓生によるエッセイ&ブログです。 Archives
July 2025
Categories |