関西大館鳳鳴会
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​私の人生、60年

7/14/2025

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布袋屋 智朗(36期 1984年卒)歯科医
                    
今年、還暦をむかえた。還暦というと若い頃はおじいさんだと思っていたが、その年齢になってしまった。若い人たちには今、自分はそう思われているのだろうか。そして私は今、大館から遠く離れた地、広島県尾道市に住んでおり、そこで歯科医院を開業している。

私は大館市に生まれ、有浦小、大館東中、大館鳳鳴高を経て、東京で1浪して徳島大学歯学部に入学した。私の実家は薬局である。親はもちろん、兄二人(私は三人兄弟の三男)も薬剤師である。そんな環境下で育ち、また、親には薬剤師よりは医者になれ、と言われ続け、自ずと医学部目指してきた。私は弘前大学医学部を志望していたが、現役の大学受験は失敗し、東京で浪人。浪人時代はけっこう勉強をがんばり、予備校の先生には合格するだろうと言われていたが、共通一次試験で得意であった数学で大失敗してしまった。2浪はしたくない思いでランクを落とし、また、二次試験の科目の関係で徳島大学歯学部を受験。合格し、入学した。

徳島は、受験ではじめて行った場所であり、親類、知り合いもいなかった。同級生は当然、関西出身者が多く、関東地方出身者は数人いたが、東北地方出身者は、私ひとりであった。だが、特殊な名前(布袋屋)と秋田出身ということで、すぐ覚えてもらった。また、私は運動が好きで部活(硬式テニス部)に入りそこで友人もでき、まあまあ楽しい学生時代をおくった。また、部活の先輩(妻は現役で私と同い年)の妻とも出会い、付き合い、後に結婚した。

一般の方々にはなじみはないと思うが、歯科は医科と同様、いろいろな専門科に別れている。補綴科(義歯、被せ物の専門)、歯周病科、保存修復科、口腔外科などがあり、私は医科に近い?口腔外科に興味をもった。大学卒業後、口腔外科を極めるために大学院に進学し、歯学博士を取得。大学院修了後は大学病院、関連病院の小松島(現在は徳島)日赤病院歯科口腔外科に勤務した。大学病院時代は楽しかったが、ただ大学は研究機関であり、大学に残ることは研究主体になってしまう。私は研究より臨床がしたかったのと、歯科医師の妻と一緒に臨床がしたかったので、開業の道を選んだ。

私は2000年に尾道で歯科医院(ほていや歯科)を開業した。なぜ尾道で開業したかというと、尾道は妻の故郷だからである。当時、開業の候補地としては徳島、秋田、広島を考えた。その中で尾道が一番条件にあっていた。妻の親が土地を持っており、その土地が開業に条件がよく活用できた。当初、歯科医院を新規開業する場合、1億円以上の資金が必要であったが、土地があっただけでも開業資金を減らせた。また、1999年に娘が生またばかりで、妻と一緒に診療していくために、義父母に娘をみてもらうことができた。今思っても、尾道で開業したことは私たち家族にとって本当によかったと思う。ただ、私は三男坊であるが、遠い尾道で開業してしまい、大館から遠く離れたことは私の親には申し訳ないと思っている。

開業してから約20年間は、診療に子育てに奮闘してきた。当然、尾道にも妻以外の知り合いはいなかった。2004年に2人目の息子が生まれた。仕事以外では子どもと遊ぶのが大きな楽しみであった。子どもの行事には進んで出るようになり、いつしか子どもの小・中学校のPTA会長までやっていた。PTA会長はしんどかったが、歯科関連以外のいろいろな人たちと知り合いになることができた。

現在、娘は25歳、息子は21歳となった。
二人とも健康で順調に育ってくれた。娘は歯学部に入学し、一昨年卒業して晴れて私と同じ歯科医師となった。現在は、東京の大学病院で研修をしている。息子は、医学部に入学し、現在4年生である。私が果たせなかった医学部合格を息子が果たしてくれて、自分のことのように喜んだのを今でも覚えている。今後、娘と一緒に診療をしてみたいという希望はあるが、それは彼氏次第かなと思っている。息子には、まずは国家試験に合格して、人間味ある医師になってほしいと思う。

大館で18年、東京で1年、徳島で15年、尾道で26年過ごしてきた60年。
​尾道にいる時間が一番長くなった。現在は、子ども2人は尾道を出ており、妻と二人暮らしである。仕事もローンを完済し、それなりに順調である。人生100年時代、これからどうするか、と考えた時に大館にいた頃のことをよく思い出すようになった。私は昨年度から関西大館鳳鳴会に参加している。大館から遠く離れた関西地区で大館を感じることができる。先日、京都で開催された新人歓迎会に参加してきた。今年は3名の新入生が参加してくれ、20歳前後の希望に満ちた若者と話をすることができ、自分の大学入学したての頃を思い出しながら、楽しい時間を過ごすことができた。

これといった趣味のない私だが、生活にも精神的にも余裕ができた今、大館の人や思い出にかかわっていきたいと思うようになった。5年前、親が亡くなり、実家も取り壊しとなったが、お正月、お盆には必ず大館へ帰りたいと思っている。今年のお盆には大館鳳鳴36期の還暦祝いの同窓会が大館で行われる予定で、楽しみにしている。身近では、年2回開催される関西大館鳳鳴会に、これからはずっと参加していきたいと思っている。

私の人生は、故郷の大館を感じ、子どもたちの成長を見守りながらこれからも歩み続けていきたいと思う。


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尾道市の写真。
中央に写っている橋は尾道大橋(しまなみ海道)です。その下が尾道水道で、右は向島です。
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